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全力投球 我が選んだ道に悔いはなし

広島でもっとも愛された男



プロ野球界の至宝“大投手”大野豊が自ら初めて書き下ろす、その生き方、考え方、そしてピッチャーとしての数々の打者との対戦・・・。軟式野球出身、信用組合勤務からテスト生でのプロ入り、デビュー戦の“天文学的”防御率135などなど数々の苦難を乗り越え、22年間に渡る栄光の実績と、42歳でのタイトル(最優秀防御率)獲得はいかにしてなしえたのか。その不屈の神髄がいま初めて描かれる! (裏表紙あらすじより)

はっきり言って、その場で選手生命が終わっていても不思議ではない、非常識な数字だ。しかし、この135.00という数字があったからこそ、プロの厳しさや怖さをこの身に焼きつけながら常に自分を戒め、22年間の生涯防御率を2.90という数字で終わらせることができたと思っている。
 大野豊はこの数字から始まった投手だということを、決して忘れたくない。


全力投球―我が選んだ道に悔いはなし
大野 豊
宝島社 2001-02


by G-Tools

北別府、大野、川口。
カープの黄金時代を支えた三本柱である。

このうちもっとも実力があるのは北別府であろう。
なんといっても二十世紀最後の200勝投手である。

しかし、もっとも人気があったのは大野豊だ。


普通、野球選手をイメージキャラクターに使っているCMは、その選手が引退してユニホームを脱いだら、他の人を使うかして、その人はもう使わない。
しかし、大野豊だけは引退後も現役時代と変わらないイメージでCMを使い続けられた。
それほど、広島では大野豊が愛されているのだ。

テスト生入団ながらも努力の一文字で栄光を手にする。そして気さくで飾らない人柄。彼のやさしさと誠実さは、ファンなら誰でも知っている。
そんな人間的魅力こそ、大野豊が愛される理由だ。

もちろん、人柄とプロ野球選手としての実力は全く関係ない。
プロは結果がすべての世界だ。
活躍しなければ、どんなに人間的魅力がある人だろうが注目されないし、愛されもしない。
だから私は人気選手の人柄や私生活などいっさい興味がない。
そんなモノは、野球選手にとっては無意味だからだ。

だが、何事にも例外はある。
大野豊だ。
彼のプレーを見るたびに、心が震えた。
彼に限っては、その人間的魅力がプレーに直接結びついているのだ。
彼のプレーひとつひとつから、大野豊という人間が伝わってきた。
彼独特のフォームから放たれるボールには、達川のミットにおさまる最後まで、彼の意志がこもっていた。
己が選んだ道を、ただ愚直に、前に進むのみ。

大野豊は、言葉ではなく、語りかけていた。
自分の信念を。自分という人間を。
そんな選手を見たのは、大野豊が初めてであり、最後でもある。


思い返せば、私がカープファンになったきっかけは、大野豊の投球である。
いまでも、あのときの一球を思い出すことができる。

あの一球を忘れない限り、私は野球ファンであり続けるし、大野豊がいた球団広島東洋カープを応援し続けるだろう。

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