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SFなんだよね

よくどんな本読んでるの?と聞かれるのだが、いつも答えに窮す。今は倉橋由美子の【アマノン国往還記】を読み返しているわけだが、小説を良く読むわけでもない。かといって新書スキーで新しくでた新書のチェックは欠かさないなんてこともない。ビジネス書は、好きな著者しか読まない。
結局は乱読としか言えない。だからあまり趣味は読書とは言わないようにしてるけど、他に長年続けていることないので困る。
んで、唯一好きなジャンルと言えばSFなのだが、これもあまり言わない。べつに、はぁ~その歳でUFOとか信じてんの?とか、オタクくさっ、という反応がイヤだからというわけじゃなく、一般人にSFを説明するのがめちゃくちゃめんどくさいだけというのが単純な理由。

ま、と言っても好きなジャンルではあるがヘビーなSF読みなわけでもない。
一番好きな作家が火浦功で、あとは大原まり子の本人が嫌いなSFっぽい作品が大好きと言えばレベルがだいたいわかるだろうか<ヘビーなSF読みなら。
あとは神林長平と山田正紀が好きかな。新井素子は少々ってな感じ。あっ、大御所御三方は読んでますよ。星新一・小松左京・筒井康隆。
海外SFは長いこと手を出さなかった。知人の書痴に進められて最近少しは読むようになったが。アジモフの【ファウンデーション】や、R.A.ラファティ、ハインライン【夏への扉】くらいしかまだ読んでいない。
なんで海外SFに手を出さなかったのかは、ただ単に気分の問題と翻訳物が嫌いという当方の性質による。が、小説はともかく愛好者の壁が高そうっていう感覚は意識的無意識的に持っていた。若かったのだろう。当方、小学生のころは活字を読むヤツなんてインテリ(!あぁ恥ずかしい)だ、おれたちの敵だっ、みたいなバカな考え持っていたアホな子どもだったし。
だいたい当方が本格的に読書をはじめた頃は、SF冬の時代の極寒期だったような気がする。SFってのじゃさっぱり売れなかったのじゃないかしらん。だからSF的素養を持つ作家は他のジャンルに流れ出ている、ってのがSFファンの一般的な意識だったような。ま、SF好きなんてまわりにいなかったから知らんけど。

ランドル・ギャレット論争、あるいはなぜだれも「魔術師は多すぎる!」について語らないのか問題についてのまとめ。

ちょっと触発されて、あんま関係ないことをつらつらと
当方は、人のエントリに影響されて関係ないことを書くのが大好きなのです。もうしわけない。

ライノベってのは、ライト(軽い)っていう名前のとおりガキの読み物(最近はオタクの読み物っていう意識も増えたか)としか評価されずに、一般的な読書界(そんなものがあるとすれば)からは無視されている界隈なんだけど、その存在はもっと評価されても良いだろうとは、中高生の時ライノベ読者だった身びいきだけではないはずだ。
当方、【魔術師が多すぎる】は当然未読なので、個別論としては何もいえないわけだが、ライノベのSF性ってのは確かにそうだと思う。SF的設定をふんだんに使用したライノベってのは多数ある。例涼宮ハルヒの憂鬱amazonlink

そういう作品読むとついついルーツは何々、元ネタはどうこうっていう話をしたくなるのは人情といったもんだろう。当方も歳をとったので若いもんに対してああだこうだと言いたくなることは多々ある。SF素養を持つ作家が他ジャンル(ミステリ・ライノベ)へ流れてがんばったていう意識もあるし。

が、それが当のライノベ読者に通じるかな、と思う。まあ、相当の本好きであれば喜ぶかもしれないけどたいていのライノベ読者には話すら通じない可能性があるだろう。って現役ライノベ読者を卒業した者が言っても説得力がないか。
ライノベの現役読者ってのはルーツとか元ネタとかじゃなくて、キャラクターとか世界観に感情移入するのに快感を覚えるんじゃないかなぁ。ってのは、当方がよく読んでいたあかほりさとる御大の【ラムネ&40 小説版】でのこと。
あかほりさとるは小説の最後にキャラクター座談会をたいてい入れていたのね。まあ楽屋オチですよ。当方は大好きだったのだけど、これにクレームがきたらしい。いわく小説を読んで最後にこれ入っていると世界観が壊れるからやめてほしいと。当時はなんじゃそれ、と思ったのだけど、当の作者があとがきで書くくらいだから結構同意見がきていたのだろう。
鈴木みそが【あんたっちゃぶる】で作品のキャラクターに完全に感情移入して読者投稿コーナーで“そのひどいことをしたキャラクター”を実在の人物のような感じで非難するハガキを紹介していたのを今思い出したのだが、ライノベにとって、もっともよいお客さんというのはこういう人たちなんじゃないかなぁ。作者を非難するんじゃなくて、キャラクターに感情移入して、キャラクター自体を非難してしまうような人たち。
そういった読者にとっては、自分の好きな作品のルーツとか、むしろ知りたくないんだろう。それは巻末のキャラクター座談会等の楽屋オチと一緒で世界観を崩す要因だと思われる可能性もある。たぶん、そういった読者にこの作品のルーツはこうこうこういったSF作品で、とか親切心で言ったとしても、たぶん相手にされない。むしろこの大人なに?くらいの冷たい目で見られるような気がするよ。

あかほりさとると最近のライノベを比べるとなんとなく怒られそうな気がするけど(ポリリンに失礼!)、たぶん【ブギーポップ】を読んでいる大半の読者だって根本のところはそんなもんだろうと、当方はふんでいる。
ゆうきまさみの【究極超人あ~る】や火浦功の作品群に出ているネタのルーツを知っている読者はそんなにいなかったと思う。それは彼ら自身が言っていた(とり・みきのエッセイか何かだったと思うが、失念した。後で探そう)。でも元ネタがわからなくても読者はおもしろがり彼らの作品を読み、おそらく(当方を含む)彼らの読者の多くはそのルーツの作品まで手を出さなかったのではなかろうか。
大切なのは雰囲気であって、元ネタとかの知識は知ってればおもしろいかもしれないが、絶対必須なものではなかったのだ。
そういった作品で、元ネタとかを知りたがり実際読んでみる人は、その後良い本読みとなりネットで書評子として活動したりしているのだろう。でも、彼らの作品を買い支えて支持してきた読者たちのほとんどはそういったことには無関心だったのではないか。

かくして、当の無関心な読者だった当方の書評はいいかげんで雰囲気で読めるものになりはてた、といったところ。
ライノベにとってSFとは、作品の世界観を装飾するツールっていう意味合いが強くて、そこに読書家からSF部分にクローズアップしたことを言われると、『なんか違う』っていう違和感を感じてしまうのが現役ライノベ読者なんだろう。読書家にとってはSFとライノベっていうのは親和性が高いジャンルなんだろうけど、現役ライノベ読者からしたらSFとライノベはまったくの別物になってしまうのではないか。

SFってのは一般人にとってはいまだに敷居がものすごく高いジャンルなんだよ、やっぱ。少なくとも当方のまわりではね。

SFからライノベに降りていくのはあきらめて、ライノベ読者からSF的素養を持った者が自然とSF界に挙がってくるのを待つしかないかも。そういうSF適格者のためのガイドとして、この作品のルーツはこれっていう情報はきっちりとわかりやすく示しておくってのが戦略的に正しいと思う。
SFの要素自体に引かれる子ってのはいると思うし。SFおもしろいよね。

    どうでもいい注
  • 現役ライノベ読者とは、ライノベの本当のターゲット中高生を指します。大人は入ってないよ。
  • 結局のところ元ネタにまったくふれず、軟派なSF好きのSF友達がいない。。。っていうグチになってしまったよ
  • 活字離れなんて変な言葉が定着している今日この頃ですが、そいういった時代においてライノベってのは年寄りから見たら、自分たちの後輩が育ってくれそうな環境に見えるのです。でも実際のところどうなんだろうなぁ。ライノベからもっと他のジャンルへ、って年寄りが望むルートをちゃんとたどる子は少ないような気がするよ。

こんなことを書くようになった自分を見ると、ホントに歳とったなぁ、という実感がふつふつと

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