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外食王の飢え

選ばれた者の宿命



外食産業の覇者を目指した男の野望と情熱。私大卒業まぎわ、倉原礼一は卒論を破り捨てた。自分は一流の人間でなければならぬ。私大卒の資格はいらない。野望は福岡に端を発した。レストラン「レオーネ」のチェーン化に奔走する倉原。一方首都圏には沢兄弟の「サンセット」が進出。倉原は首都決戦を挑んだ。(裏表紙あらすじより)


いま、ここで卒論を出しても、それらの人々の仲間入りをするだけ。平坦で、地を這うような人生へとふみ出すことになる。それより、いっそ卒論を破れば、あとは荒野か、原始林か、山なのか、谷なのか、皆目わからぬ人生が来る。


外食王の飢え
城山 三郎
講談社 1987-02


by G-Tools

経済小説の書き手としては一番好きな城山三郎の最高傑作。一大で巨大レストランチェーンを築き上げた男の物語である。

大きなことを為し遂げる男というのは、何者かの大いなる意志によって動いているのではなかろうか。

そう思うことが、成功者の評伝を読んでいるときにある。
もちろん本人は自分で考え決断しているのだが、俯瞰してみると最初から定められた道をたどっているように見えるのだ。

その道に進もうとした最初の一歩、数々の苦難・逆境、大きな成功、そして終焉。

本書の主人公倉原礼一の人生も、そのように書かれているように私は思う。
働き過ぎによって体をこわしぼろぼろになっても、なお前に進み続ける。
そこにはもはや外食産業の覇者を目指すという当初の目的はない。
前に進まなければならないという何者かの声を聞いているかのように、行きつく所が奈落の底だとしても前に進む、ただそれだけである。

だから私は本書のラストに、納得した。

このような生き方をしてきた人間は、このように終わらなければならないはずだ。
そう読みながら思っていたからだ。

選ばれた男はいかに生きるべきか。
その答えがここにある。
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The Star この星

あたりまえの物語



林原めぐみが自分で撮ったフォトと掌編を組み合わせた本。四編の短い物語が収録されている。あとがきによればそれは「フィクションだったり、ノンフィクションだったり、夢だったり、過去にも書いたことのリメイクだったり……。私が私として生きるうえで、どこかしら支えであり、基盤であり、みちしるべのような言葉、空気、感覚をつづった」ものである。読後不思議な感覚包まれる本。

まずは、明日しっかり働こう
音楽のことも、もう一度ちゃんと考えよう
それは悩むという角度より
15度ほど上向きな気がする……


この星
林原 めぐみ
KTC中央出版 2002-04-02


by G-Tools

人間誰にだって物語があるという。

このときの『物語』とはなんだろう。
ハリウッド映画並の弾丸、爆発、アクション連続の物語だろうか。
ロミオとジュリエットのようなとんでもなく深刻な愛物語だろうか。
そんな大げさな物語を『誰だって』もっているだろうか。


毎日決まった時間に起き、毎日決まった場所に行き、毎日決まった仕事をし、毎日決まった店で酒を飲む。
そんなでこぼこがない人生を死ぬまで続ける人もいる。
そんな平坦な人生に物語はあるのだろうか。
おそらく、その平坦な人生を送ること自体が物語なのだろう。

人があたりまえに生きる、ということ自体がすごいことなのだ。
もちろん生きている本人は、それが『すごい』ことなんていう自覚はないのだけれど。
でも、人というのはふと気付くことがある。『自分があたりまえに生きている』ということを。
きっとそんなとき、平凡な人生が物語になるのだろう。


この本に書かれていることは、『自分があたりまえに生きていることのすごさ』を気付いた瞬間の物語なのだろう。

誰でも出会うかもしれない風景がこの本にはある。
年老いた父と母をひどい渋滞の中送る最中、父が呟いた一言。
生き方も考えも違うけれども、それでもなぜか気の合う友の一言。
それぞれのきっかけから人はそれぞれいろんなことを考える。
自分の父と母の人生を思い、そしてその人生を受け継いでいる己。
友人の悩みにシンクロし、ふがいない自分を振り返る。また別の友人の一言から、後悔の念から抜け出しひとつの決意を持つ。

己が誰かがわかったところで現実が大きく変わるわけではない。ひとつの決意を固めたからといって、なにかが劇的に変わるわけではない。ただあたりまえの日常が待っているだけだ。
ただなにかに気付くことで、今までのあたりまえの日常とは違ってくるのだと思う。
漫然とあたりまえの日常を送るだけと、自覚的にあたりまえの日常を送るのは違うはず。

爆発も大アクションも大恋愛もないけれど、自分が生きる場所はこの『あたりまえの日常』なのだ。
そしてそのことに気付くことが『物語』だ。
自分には物語がある、そう思うことが人の幸せにつながるのだと、私は信じたい。
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